リサイクルショップの存在意義
最近、家の中を片付けている。それも異常ともとれるくらいに。少し前に「断捨離」という言葉が流行った。それに関して、今、人々の意識はどうなっているのだろうか。私自身に関しては、今まさにブームがきている。そこに至ったのには幾つか理由が有る。アルバイトではあったが、離職をして、まとまった時間がとれる、という事が一番影響しているかも知れない。時間と気持ちに余裕があると、部屋のそこここ、普段は見て見ぬふりしている箇所がクローズアップして私の目に映る。否が応でも。
次の大きな理由。人は現世においてしか物質を必要としない、と気付いたから。10年程前に祖父母、5年前には夫が他界した。遺品の整理をしたのは、いずれの時も私だった。「死んだら何も持って行かれないじゃん」とオイオイと声をあげて泣いたのを覚えている。本人達にとっては大切だったであろう「モノ」を、ひたすら片した。捨てたり、リサイクルショップに引き取ってもらったりして。価値が高いかと思われる象牙を鍵盤に貼ったピアノは友人に譲った。使う人にもらわれていく事がピアノにとっても本望だと考えた。
それから、モノが飽和している世の中に憤りと不安を感じているから。リサイクルショップに行くと、それを目の当たりにする。モノが溢れかえっているご時世だという事。こうして片付けていると理解出来る。自分にとって「何かあった時でも手放さないだろう」というモノは大切なモノ。それ以外を捨てる、リサイクルショップに持って行くという事に励んでいる。大切なモノだけに囲まれて暮らせたら幸せではないだろうか。逆に、必要にせまられて何かが要る時もリサイクルショップをまず覗く習慣が出来た。大いに活用すべきショップではなかろうか、と思う。
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